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トイレが無い [歴史]

 



 歴史群像最新号での「日本の迷城」は最終回。
 日本の城の変な縄張りを紹介してる連載で結構面白かったので、終わるのは残念です。

 最終回で紹介されているのは「越前 朝倉館」。
 マイナーな城ばかり紹介してきた、この連載にしては珍しくメジャーに近い城ですが、その特徴は
トイレが無い」
 一条谷城下の家臣屋敷や町屋からは、金隠し付の和式便所があるのに、朝倉氏本拠の豪華な屋敷には、どこをどう発掘して存在しないとか。
 日常はおまるを使ってたのでは?という推定っぽいですが、貴人はともかく周りの人は大変です。
 貴人の屋敷の常として、門の傍には護衛が詰める武者溜りがあるのですが、そこにも便所が無いので大変だったんじゃないかと。
 今の日本で大抵、大きな施設での守衛所に専用のトイレがあるのは、無いと色々と面倒くさいからですし。

 しかし、漫画「センゴク」で朝倉氏滅亡寸前の閑散とした朝倉館の描写は印象深いですが、あそこにトイレが無いという事を知ると、別の意味でも感慨深いです。


1333年の名越高家 [歴史]

 やる夫が『梅松論』を語るそうです。 第三十二回 ティロ・フィナーレを読んで、鎌倉幕府滅亡時に、足利尊氏の裏切りをなんで鎌倉幕府は警戒しなかったんだ、とよく言われますけど、その時点では、足利より名越家の嫡流の名越高家の方を幕府側では警戒してる事を今更ながら気が付きました。
 執権北条氏一族で名越家は得宗家にしょっちゅう逆らって、何回も粛清されてますから、足利氏なんぞより「ずっと、そこにある危機」です。
 
 そう考えると鎌倉幕府滅亡寸前に、それぞれ一万以上の兵力を保有する足利尊氏と名越高家の軍勢を動員して、京に向かわせたのは、幕府が帰趨が怪しい戦力でも切り札とせざるを得なかった状況なわけですね。

 名越高家は京都に到着して、すぐに赤松軍との戦いで戦死してしまいますが、(やる夫梅松論では部隊配置から、もし赤松軍が負けても足利軍は名越軍の背後から不意打ちできる体制だった、という説をとってます)、戦死せずに名越軍が幕府を裏切って六波羅を制圧してたら、名越高家の名前が名越尊家になってた可能性もあるのかな、と妄想してしまったり。

 もっとも、そうなったとしても将来の足利氏の覇権は揺るぎそうもないですが、南北朝時代の戦乱が更にカオスにはなってたでしょう。


七代末に天下を取る [歴史]

 アンサイクロペディアの源義家に記載されていたのですが、源義家が残した足利氏にとっての呪いの文書とも言うべき「我七代の孫に生まれ変わって天下を取る」という置文は、実際には、それよりも前にその予言は成就していたのですね。
 記事には、このような系図が載っています。

(源為義が義家の孫であるという見解に基づいた系譜)

義家 ー 義親 ー 為義 ー 義朝 ー 坊門姫 ー 九条良経の妻 ー 九条立子(順徳天皇の中宮) ー 仲恭天皇

(源為義が義家の子であるという見解に基づいた系譜)

義家 ー 為義 ー 源義朝 ー 坊門姫 ー 九条良経の妻 ー 九条道家 ー 九条竴子(後堀河天皇の中宮) ー 四条天皇
義家 ー 為義 ー 源義朝 ー 坊門姫 ー 西園寺公経の妻 ー 西園寺実氏 ー 西園寺姞子(後嵯峨天皇の中宮) ー 後深草天皇・亀山天皇  

 
 為義と義家の続柄は孫という説と子供という説の2種類の説がありますが、そのどちらでも至尊の座たる天皇位に義家の七代の子孫がついているのですから、天下をとったといって差し支えないかと。
 仲恭天皇は承久の乱ですぐに退位させられて、四条天皇はイタズラで廊下に滑石を撒いたら自分が転んで死亡したりで、全然パッとしませんが、天皇である以上、日本の頂点にいたことは確かです。

幕末の外米輸入と、それがもたらした影響 [歴史]

 Twitterの方で前に書いていた事を少しまとめてみたり。

 江戸時代には飢饉で餓死者が続発してましたが、幕末の開国で外国からインディカ米の緊急輸入を行えるようになると、終戦前後の一時期を除いて、日本で餓死者が多数出る事はなくなりました。

 具体的に外米の大量輸入が認可されたのは、慶応2年(1866年)10月14日で、この時には、不作及び長州征伐による米流通の阻害により、各 地で米不足による一揆や打ち壊しが頻発して治安悪化しており、イギリス及びフランスが「第二の太平天国になりかねない」と判断して、幕府に外交圧力をかけ て、外米輸入を認めさせたものです。
 つまり、幕府が積極的に米輸入を認めずに、外国からの圧力で餓死者が出る事が防止された事になります。

 インディカ米が本格的に日本に流入しだしたのは慶応3年(1868年)になりますが、慶応3年は大政奉還とか色々とあって、そのまま慶応4年1 月に鳥羽・伏見の戦いで幕府軍が負けて、一気に瓦解する事になりますが、この急激な動きは、この外米輸入による飢餓改善が絶対に影響を及ぼしているかと。
 慶応3年は大政奉還があったり、それまでも落ちまくってた幕府の権威が更に一気に落ちて、朝廷の権威が上がった年ですが、去年まで飢餓状態だったのに、インディカ米とはいえ腹一杯に食べられるようになったら、一般民衆レベルでの朝廷の権威もダダ上がりだったでしょうね。
 戊辰戦争での新政府軍の快進撃も、食糧事情の改善と重なった朝廷の権威向上が絶対に影響及ぼしてます。
 少なくとも、飢饉から救ったのが幕府だとはみんな思わないくらいに、幕府の権威が落ちまくってはいたかと。

 幕末の政治の流れで「もしかしたら幕府が残ったかも?」という意見もありますが、当時の武士政権の権威の落ちっぷりを見ると、とても無理に思えてきます。
 鳥羽・伏見の戦いで幕府の権威が一気に落ちると、日本全国で一揆が続発して、かなりの藩が統治能力を喪失。やってきた新政府軍に一揆を鎮撫してもらって、そのまま藩兵は新政府軍に編入とか沢山ありますからね。
 農民一揆の嵐は北関東で統治能力を喪失しなかったのは3藩だけとか、凄まじいレベルです。

 また戊辰戦争中でも、旧幕軍の長岡藩が戦略的に有力な動きを出来なかったのは、自領の農民一揆を鎮圧しなければならなかったからで、会津藩でも降伏直後に戦禍に遭わなかった地域を中心に大一揆が起こって統治組織が完全に崩壊してます。

 一方、新政府軍は後方の農民一揆とかをほとんど気にする必要がありませんでした。
 それどころか鳥羽・伏見の戦いのように周りの民衆が手弁当で援助してくれる事例も多数です。

 正直、開国後に幕府を生かすためには開国直後から、外米の大量輸入を行なって、食糧難による治安悪化を未然に防ぐくらいしか思いつきませんが、開国までに既に幕府の権威は下落しているので、極めて難しそうです。
 あと色々とありすぎて、幕府もそっち方面に優秀な人材割けないし。

 政治とか軍事とかの流れを追う人は「実情を調べる」のを重視していて軽視されがちですが、歴史においても「権威」って極めて重要で、幕末の米不足でそれの下落が致命的になったという感じですから。 

大河清盛と本郷和人先生大暴れ [歴史]

 今年の大河ドラマ平清盛は色々と言われてはいますが、これからの展開がどうなっても「伝説の大河ドラマ」として名が残ることは間違いないかと。
 「一般の評価」がどんなもんかは判りませんが、ネット上での「歴史好き」からは異常に評判が良く、彼らによって後に「平清盛は名作であった」と語られるのは間違い無いですからです。
 私も現時点で非常に気に入ってたりします。

 しかし、この平清盛において考証担当の本郷和人先生はTwitter(https://twitter.com/diamondfloor41外部リンク)で大暴れしすぎ。
 この人が歴史学者として色々と尖ってて、何を書いても「あ〜、本郷先生だから仕方ないよね?」と一部では有名でしたが、それが更に広まったというか。

 先週の回では、崇徳院が怨霊として暴れまくってましたが、本郷先生のTwitterでは、
「ワルプルギス・崇徳院」
と呟いて、崇徳院は魔法少女まどか☆マギカのラスボス「ワルプルギスの夜」だったんだよ!と大河ドラマ考証担当が語ってしまうフリーダムさ。
 「魔法少女まどか☆マギカ見てたんですね?」という問い合わせにも「国民の義務」とか答えるし、清盛9役の俳優が以前、映画デトロイト・メタル・シティ」の主役やってたのと絡めて、 「清盛がクラウザーさんになれば(崇徳院に対抗できた」
みたいな呟いてるし。

 平清盛の時代考証は高橋昌明と本郷和人の2人ですが、この2人について
「WORKING!!でファミレスのワグナリアを、裏に男性嫌いのまひる、表にうざい山田しかいない状態で回している」
と評した人がいましたが全面的に同感。
 もちろん本郷先生は山田の役で。

 20120727 本郷先生の「平清盛」ツイッター特別授業外部リンクとかで、大河ドラマ「平清盛」の為に色々と頑張ってはいて、その貢献は凄いですが、そのエキセントリックぶりは誰も否定出来ないでしょう。
 でも私は大河ドラマの「平清盛」も本郷和人先生も両方応援してますよ、すごくマジで。


11億人以上が毎日拝む隕石 [歴史]

 イスラム教の聖地メッカのカアバ神殿にある「黒石
 アダムとイブの頃から存在すると言われるムスリムの聖なる宝です。

 この石はどこに祭壇を築き神に犠牲を捧げれば良いのかをアダムとイヴに示すため、天国から降って来たものであると伝えられています。
 イスラム教誕生よりも昔からカアバ神殿に祀られている神器で月からの隕石という話もあり、伝承からしても隕石でしょう。
 「水に浮く」等、本物の隕石として怪しいところもありますが、「天から降ってきた石」として隕石扱いされていることは確かで、かつその伝承で神器扱いされてます。

 イスラム教徒は毎日メッカのカアバ神殿に向けて礼拝してますが、その中心にあるのが黒石を埋め込まれたカアバなので、全世界のイスラム教徒は1日に何回も隕石に向かって礼拝していることに。

 日本の福岡の須賀神社には直方隕石という世界最古の世界最古の目撃記録のある隕石が、ご神体として祀られてますが、カアバの黒石も信仰の対象になっているという点では同様です。
 黒石が隕石なら確実に直方隕石より古いはずですが、もはや神聖すぎて誰も調査できません。

 何にせよ11億人以上のイスラム教徒が毎日拝んでいるのは、公式にも隕石(扱い)とされている石ということで。

憲法9条が無かったら [歴史]

 橋下徹大阪市長の「全ては憲法9条が原因だと思っています」が爆発的ブームに、でギャグとして憲法9条がなかったらが話題になってましたが、実際に無かったらどうなのか妄想してみました。

 まず、

・9条無くても憲法改正の動きが無くなるとは思えない
 そもそも日本国憲法の成立の過程って、日本側で作ろうとしたらさんざん揉めたのでアメリカ軍側が押し付けたというのが簡単な経緯なので、もし憲法9条が無くても、「押し付け憲法反対!」ということで憲法改正の動きが無くなったとは思えません。
 日本国憲法の中で、憲法9条が良くも悪くも目立つ存在だったからこそ、憲法改正の代表的な争点になってしまったから目立つだけで、もし無かったら「天皇象徴制」とかもっと不毛な憲法論議がされていた可能性も高いかと。

・9条無かったら日本は戦争に巻き込まれてる?
 もちろん、憲法9条のおかけで対内的にも対外的にも色々と巻き込まれなくて助かった、というのはありますが、もし無くてもあまりにも悲惨すぎた太平洋戦争の結果、国民が戦争はコリゴリと感じていたので、そんな戦争に加わるような選択はできないと思うんですよね。
 幻の東部戦線シリーズでは、戦後の西ドイツ再軍備の経緯を解説してますが、あまりにも西ドイツ国民の反戦感情が強すぎて非常に建軍に苦労しているのを見ると、9条無くても日本の反自衛隊感情が好意的になるとは思えません。

・原理主義者のターゲット
 今でもそうですが、憲法9条を守ろうとする人も改正しようとする人も、「理想を現実より優先させる」プライドというか正義感が強い方々が多いです。
 はっきり言って平穏な暮らしには邪魔になる危険人物が多いと。
 憲法9条が目立つから、そういう誘蛾灯みたいにそういう人を呼び寄せることになり、結果的に平和になっているような気もします。
 口で憲法論議やっている限りは平和なもんですが、憲法9条がなければ、彼らはテロ活動とかやりかねなかった可能性が高く、連合赤軍とかがもっと大規模になってたかもしれません。


 一応、憲法9条がこれまで国内的にも国外的にも平和をもたらしてきたのは事実かと思います。
 今書いたとおり、9条が無くてもあんまり日本史は変わらなかったとは思いますが、殺伐さが減ったことは確かでしょう。
 9条を作った人はそうは思ってなかったけど、そうなってしまったということで。
 これからは判りませんが。

  

中世ヨーロッパの聖遺物信仰 [歴史]

 やる夫が獅子心王になるようです 番外編「聖遺物崇拝」で、中世ヨーロッパの聖遺物信仰について解説されてますが、今の世の中からするとお笑いな事例が多すぎです。

 作中のセリフ「この時代のキリスト教の本質は聖遺物崇敬という名の呪術的信仰だ」というのは、まさにそのとおり。
 聖人の事例も歴史的に見ると怪しいのが多く、とある聖人伝の作者が書いた

「記録はおろか口伝による資料すら全くない若干の聖者がいるが、神の助けと兄弟たちの祈りにより、彼らの生涯を知りかつ書き記すを得た。」

というのは、捏造上等ということで。

 あとは各都市間での聖遺物の奪い合いが、完全にギャグ。
 他から聖遺物を盗むのを、盗んだ側では、
「過酷な扱いを受けている聖遺物を救い出す」
という理由を付けるのですが、その理由には
「近くの便所が臭いから、何とかしてくれ、と聖人が頼んだ」
とかいうのまで。 

 同時代ではとても非難することは出来なかったでしょうが、現代の価値観からすると 凄まじい話ばかりです。


僧兵の成り立ち [歴史]


 皇国の守護者の新城直衛を主人公にして進めている法然の話。 
 この回は後半の「何故、日本の中世寺院は僧兵で武装したのか?」という解説が重いです。 
 寺院だって当初は武装してなかった訳で、なんで武装しはじめたかとか、当初の寺院の武装行使の現実とかを解説してます。 
 作中でも語られてますが、律令体制が崩壊して国からの寺院への援助が停止した際に、延暦寺とかのように武装したり荘園を入手したりなどの生き残りを図らなかった寺院はすべからく消滅している訳で。

 このシリーズの作者は本職の僧侶なんですが、 

「――俺も多分、仏教滅ぶか武器を握るかと言われれば武器を握る。 
過去から引き継いできた責任と、未来に受け渡す責任があるからな。」 

という言葉がやるせないです。 

 この話は、やる夫の君主論とできる夫の批判 思った事をつらつらとのの方でも話題が飛び火してたりします。
 あと、新城直衛は、末法の世に抗うようです おまけ 「武装僧侶 慈恵☆大師」でもあるように、延暦寺内部で僧兵とかの暴虐を避けるためには、それを取り締まるための武力が必要だったわけですし。

青銅での名剣の作り方 [歴史]

図説 中国の伝統武器

図説 中国の伝統武器

 

 中国伝統的武器をカラーで紹介していて、かなり面白いです。 

 こういう本の類書としては20年近く前に出た

武器と防具〈中国編〉 (Truth In Fantasy)

武器と防具〈中国編〉 (Truth In Fantasy)

  • 作者: 篠田 耕一
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 1992/05
  • メディア: 単行本

と、5年前に出た

図説・中国武器集成―決定版 (歴史群像シリーズ)

図説・中国武器集成―決定版 (歴史群像シリーズ)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 学研
  • 発売日: 2006/09
  • メディア: 単行本

しか無いので、それだけでも貴重。 

 しかし、中国では秦の統一前の春秋戦国時代に伝説級の名剣が輩出してます。 

 剣の場合、切れ味を鋭くするために固く、折れないようにしなやかにという相反する事柄が求められ、日本刀の場合、鉄を沢山叩いて製造する事によってこれを実現してます。 
 古代中国の名剣は鉄ではなく青銅で出来ていて、かつ鋳造で製造されています。 
 それで名剣と言われるレベルの剣をどうやって作っていたのか、この本で記述するところによれば、まず柔らかいけど頑丈な原料で鋳造し、さらにそれを芯にして今度は脆いけど硬い材質の青銅で鋳造して剣を作ることによって、硬さとしなやかさを実現した青銅の剣を実現してました。 
 まだ日本が縄文時代やっていて、日本とか朝鮮半島では石製の石剣が戦争に使われていた時代に何というオーバーテクノロジー。 
 青銅の剣は参加して無ければ、黄金に輝いているので、まさしく黄金に輝く名剣です。 

 ただ、ここまでの剣でもあっても鉄製の剣が登場すると消えてしまうのは、やはり鉄の威力は凄まじいです。