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カブラの冬 [軍事]


 人文書院の「レクチャー 第一次世界大戦を考える」シリーズの一冊で、第一次世界大戦時のドイツの食料事情を書いた本です。 
 まあ悲惨以外の何物でもありませんね。 
 大戦中でのドイツ民間人の餓死者が76万2796人と記録が残っているのは、流石ドイツとは思ってしまいますが。 

 題名の「カブラの冬」というのも蕪しか食べるものがなくて、餓死者や栄養失調による病死者が続出した1916年の冬の俗称から取られています。 
 ちなみに、ここでいうカブラはちゃんとした蕪じゃなくて、主に飼料用で味も不味いルタバガのことを指します。 

 どのくらい当時のドイツにルタバガしか食べるものがなかったかと言うと、ルタバガを惜しく食べるために配布されたパンフレットにあるルタバガ料理法が 

「ルタバガスープ、ジャガイモ付きルタバガ、ルタバガ炒め、ルタバガスフレ、ルタバガプディング、ルタバガ団子炒め、ルタバガカツレツ、青キャベツとルタバガ、赤キャベツとルタバガ、白キャベツ付きルタバスフレ、ロールキャベツのルタバガ詰め、ルタバガサラダ、酢漬けルタバガ、セイヨウネギ付きルタバガ、リンゴ付きルタバガ、ルタバガの詰めもの、煮込みルタバガ団子、ルタバゴピューレ、ルタバガのジャム 

といった感じで、本当にルタバガしか無かったんだなあ、と思えてきます。 
 1916年ぐらいになってくると、一般市民への配給食料は1日1000カロリー程度までに下がり、当然それは病気に対する抵抗力を弱め、1916年10月15日だけでベルリンで1700人がインフルエンザによって死亡したとの記録が残ってます。 

 食糧配給を行うドイツ政府側も色々と失策をして、それが更に食糧事情の悪化に繋がっていってます。 
 第二次大戦時のドイツは日本とかと比べて、食料配給体制がしっかりしていて最後までドイツ国民には餓死者は出ませんでしたが、それはドイツがしっかりしていたらじゃなくて第一次世界大戦での痛い経験をきっちり生かしたからだというのがよく分かります。 
(もちろん、ドイツ国民以外は食料を奪われて大変な餓死者が出ましたが) 

 そして、第一次世界大戦でここまで飢えの深刻な記憶があるので、ナチスの東方生存圏構想とかが支持を受けてしまった、というのがこの本の言いたいことで、私もこれは同感。 
 「飢え」の記憶というのは鮮烈な物ですからね。 

 かなり最近まで日本で米の管理体制が長いこと続いたのも、大戦での飢えの経験から「せめて米程度はきちんと食べたい」という思いが強かったからのと同様でしょう。 

 第一次大戦での他の主要参戦各国の食料事情も書かれていますが、やはりアメリカの援助受けられる連合国側は強いです。 
 連合国側なのに食料政策が無茶苦茶で国が倒れるロシアという国もありますが。 


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